中国王朝の首都【早覚え完成】

中国王朝の首都

・初めに中国の王朝の首都をじゅずつなぎで暗唱してしまい、そのあとで中国の王朝の首都になった八つの都市、西安・洛陽・北京・南京・開封・杭州・大同・瀋陽の別名をすべて覚えてしまおう。位置もしっかり覚えようね、というのがこのページの目標です。動画はこちらです。画像クリックでも開きます。


*フレーズで扱っている中国王朝の首都は次の通りです。矢印は『遷都』です。

鎬京→洛邑・咸陽・長安→洛陽・洛陽・洛陽→建康
洛陽・大興・長安・汴州・開封→臨安・大都・金陵→北京・北京

*一応各王朝との対応も書いておくと次のようになります。

① 周: 鎬京(西周)→洛邑(東周)
② 秦: 咸陽
③ 漢: 長安→洛陽
④ 魏: 洛陽
⑤ 晋: 洛陽(西晋)→建康(東晋) [南朝]
⑥ 北魏: (平城→)洛陽 [北朝]
⑦ 隋: 大興(城)
⑧ 唐: 長安
⑨ 五代: 汴州(べんしゅう)
⑩ 宋: 開封(かいほう)(北宋)→臨安(南宋)
⑪ 元: 大都
⑫ 明: 金陵→北京
⑬ 清: 北京

*これらについては、動画の方をよく見てもらえればあまり疑問点はないと思います。何回か聞いて自分でつなげて言えるようになれば完成です。

中国の王朝の八つの都市

*ここからは、中国の王朝の首都になった八つの都市、西安・洛陽・北京・南京・開封・杭州・大同・瀋陽の別名を覚えていきます。覚え方のポイントも書いているのでぜひ参考にしてみてください。

A【西安】

*現在の西安(シーアン)はかつての『長安』の都のことです。東の洛陽に対して西の長安なので、現在は『西安』といいます。
① もともと、周の都『鎬京』が置かれました。

② それから、前漢の首都『長安』となります。
(秦の都『咸陽』は長安とは黄河を挟んだ向こう岸)

③ 隋の首都『大興城』がおかれました。
④ 唐の首都『長安』がおかれました。
*『西安』(現)=『長安』(漢)=『鎬京』(周)=『大興城』(隋)
とりあえず4つの名前があります。

B【洛陽】

*西の長安に対して東の洛陽です。
① 東周の都『洛邑』がおかれました。西周から東周で、都を鎬京から『洛邑』に遷しました。

② 後漢の首都『洛陽』が置かれました。これも前漢から後漢で、都を長安から『洛陽』に遷しています。これは法則ですね。
*『洛邑』(周)=『洛陽』これは覚えやすいです。

*『長安』と『洛陽』は、古代の二大都城です。『長安』は黄河支流の渭水沿い、山奥の盆地にあり『洛陽』は黄河支流の洛水沿い、黄河が山から平原に流れ出るえりの部分にあります。

*日本の平安京も中国の都になぞらえて西半分を長安城、東半分を洛陽城と呼びました。
ところが、西側は湿地帯で、住所に適せず早くから廃れてしまったので、平安京はほぼ東半分の『洛陽』のみとなります。ここから京都に上ることを『上洛』と言ったり『洛中洛外図屏風』なんてものも生まれたり、京都をもっぱら『洛』で表すようになりました。

C【北京】

*現在の中国の首都は『北京(ぺきん)』です。

① もともと春秋時代の燕の首都で薊(けい)と呼ばれました。ここから『燕京』という名前が付きます。

② 元の首都がおかれ『大都』となります。

③ 明代に『順天府』と呼ばれ、更に遷都して『北京』となります。

*『北京』(現)=『燕京』(燕の都)=『大都』(元の首都)=『順天府』ということです。全部で4つです。

D【南京】

*北京と来たら『南京(ナンキン)』を覚えておくと、順序がいいですね。

① 戦国時代に楚が呉を征服し『金陵(きんりょう)』がおかれます。

② 三国時代に呉(孫権)の首都『建業』となる。

③ 西晋以降の南朝の都『建康』となる。

④ 明の朱元璋が首都『応天府』とし、永楽帝が北京に遷都する。

⑤ その後は『南京』ただし太平天国がこの地を占領した際に『天京』とした。

*北京『順天府』南京『応天府』で合わせて『順応(じゅんのう)』になります。覚えやすいです。北京と南京を一組で覚えます。
*『南京』=『金陵』=『建業』=『建康』=『応天府』=『天京』6つ。これは一度に覚えるには少し大変かも知れないですね。
*覚えるポイントの一つは歴史の流れでイメージすることですが、もう一つ、語のつながりで覚えるのもお勧めです。

南京(キン)→金(キン)陵
→建(ケン)業[ou]・建(ケン)康[ou
→応[ou]天(テン)府→天(テン)京

というつながりで6つ引き出せます。

E【開封】

*一番有名な所で言えば、北宋の首都でした。南宋の首都だった次の杭州と一組で覚えるといいです。

① 春秋時代から啓封(けいほう)という名前を持っていましたが、後に前漢の景帝の諱(いみな)劉啓とかぶるので『啓』の字を避けて『開』にかえました。

② 戦国時代の魏の首都で『大梁』と言いました。

③ (北朝)北周の時代『汴州(べんしゅう)』と呼ばれます。続く隋の大運河建設によって『汴州』は重要な都市となります。

④ 朱全忠が後梁を建てた際にここを首都とし、後唐以外の五代は、ここを首都としました。

⑤ 宋(北宋)の趙匡胤もここを首都とし東京『開封』府としました。

*『開封』=『汴州(汴京)』=『大梁』という感じです。
*『弁を開放、水大量』と覚えておくといいでしょう。『弁』は汴州(汴京)『開放』が開封『大量』が大梁です。
*実際に、開封は黄河の流れが山奥から華北平原に完全に『開放』されたところにあります。

F【杭州】

*開封でふれた様に南宋の首都だったところです。

① 五代十国時代に『杭州』は呉越の首都でした。

② 宋代に『杭州』府とされます。

③ 南宋の時代に『臨安』府となり、開封から遷都。首都となります。

*『杭州』=『臨安』です。今回一番南(下)にあるので天子が『降臨(杭・臨)』した場所だと覚えておくといいです。
*南京が長江河口付近にあるのに対して杭州は、そのちょっと下の、杭(くい)を打ち込んだ跡の様な入江の『杭州湾』にあります。小さな地図では、太湖というまるい湖の下に印されているのがポイントです。

*あとは、北方異民族系の中華王朝の初期の首都をふたつ覚えます。

G【大同】

*かつて鮮卑族の拓跋氏が建てた北魏の首都『平城』が現在の『大同(タートン)』です。モンゴル高原側から万里の長城を越したすぐの土地、黄土高原の東北にあります。

① 秦の時代に『平城』県が設置されます。

② 100年近くの間『平城』は北魏の首都となります。付近に雲崗石窟があります。

③ 唐の時代に『雲中』県とも呼ばれました。

④ 燕雲十六州に含まれ、契丹(遼)が西京『大同』府を設置します。

以降『大同』の名前が残ります。

*『大同』=『平城』=『雲中(雲州)』です。
*雲州は現在の山西省北部です。これはイメージするのが一番ですね。高いところなので『雲中』万里の長城の近くなので『平城』辺境で常に争いが絶えない場所だからこそ、みんな和合して一つになるといった『大同』などの名前が付くわけです。

H【瀋陽】

 *瀋陽(シェンヤン)は、今回最も北の土地で遼東半島の少し北にあります。

① ヌルハチが後金を起こして『盛京』とし首都とする。

② 清が北京に遷都した後『奉天府』を設置しました。

*『瀋陽』=『盛京』=『奉天府』ということです。前二つは『信用性(せい)』から『盛(せい)京』を導く様に言っています。
*『○天府』系については北から
『奉天府』→瀋陽
『順天府』→北京
『応天府』→南京
となっています。

位置確認

*最初に書いておいたように最後に位置の確認をしましょう。中国の都市は川との関係で見た方がよいので、川の名前も一緒に覚えてしまおうという仕様になっています。都市名が9つになっていますが、秦の首都『咸陽』が追加してあるからです。

*以下解答を書いておきます。これらを見ずに、すべて河川名と都市名が言えるようになったらとりあえず完成です。都市名は現代の名前優先で書いてありますが、もちろん歴史的な名前でも言えるようにしておきましょう。

河川名
A アムール川
B 遼河
C 黄河
D 渭水
E 淮河
F 長江
G 珠江

都市名
①瀋陽(盛京)
②北京(大都)
③大同(平城)
④開封
⑤洛陽
⑥西安(長安)
⑦咸陽
⑧南京
⑨杭州(臨安)

・今回は以上です。他の重要な都市についてもまた対策します。

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