*これは『年語呂年註-世界史版』のひとつです。西欧中世のハンザ同盟の歴史の概略をゴロ合わせにそって見ていきたいと思います。
*音声で耳から覚えるためYouTubeに教材を上げています。こちらです。文字だけではリズムをつかみにくいフレーズもスムーズに覚えられます。ぜひ一度聞いてみることをお勧めします。
【ハンザ同盟】
11世紀ごろ
*旅商人らの組合組織である『商人ハンザ』の成立。
*北ドイツ商人を中心として北海・バルト海の貿易で独占的な利益をあげました。
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12世紀初めに『外地ハンザ』形成
・外地ハンザ代表4都市《ロンドン・ノブゴロド・ブリュージュ・ベルゲン》
『(外地ハンザで) 論述ぶ流暢のべる件』
*外地の言葉でたくみに交渉しているイメージです。
*『論』→ロンドン、『述ぶ』→ノブゴロド、『ぶ流暢』→ブリュージュ、『べる件』→ベルゲン
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・リューベック火災後再建(商業特権の付与)
1159 栄えていい刻リューベック
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・ブレーメン帝国自由都市となる
1186 ブレーメンなっていいやろ帝国都市
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・リューベック帝国自由都市となる
1226 リューベック自由の空気が人つつむ
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・リューベックとハンブルクが商業同盟
1241 商業で同盟もうける人に良い
→ハンザ同盟の基礎
*その後、リューベックを盟主として、北ドイツ商業都市が結びつきを深めます。
→『都市ハンザ』の成長
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・最初のハンザ同盟会議
1356 ハンザ同盟人見ごろ
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・フランドルに対し商業封鎖宣言
1358 瞳怖いわ商業封鎖
*1356年、ブリュージュに拠点を置いて活動していたハンザ商人とフランドルの商人との間に争いが生じ、リューベックの提唱でハンザ諸都市が集まり、会議をおこないます。その結果、諸都市が合同し『ドイツ・ハンザ』の名のもとに、フランドルに対して商業封鎖を行うことを宣言した事件です。
*リューベックを盟主とする都市同盟としてのハンザ同盟の性格が明確になりました。
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・ハンザ同盟対デンマーク戦争
1362 北海で利害対立勇む二者
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・シュトラールズント条約(終戦)
1370 刀剣を人皆おさめて金もうけ
→デンマーク王の屈服
*ハンザ同盟の諸権利が国際的に承認
<最盛期>
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・カルマル同盟(デンマーク・ノルウェー・スウェーデン同君連合)
1397 一策並んでカルマル同盟
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① イギリス・オランダによる外来商人の排除の運動
② デンマークによりバルト海の覇権を奪われる
③ ドイツ内の領邦の勢力が強まる
などの影響で徐々に衰退
→外地商館の閉鎖(~16世紀)
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・三十年戦争
1618 被害地広いわ30年戦争
*リューベック・ハンブルク・ブレーメンの3都市がハンザ同盟として参戦
・ウェストファリア条約
1648 他の国の人無視はダメウェストファリア
→衰微が決定的
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・リューベックのハンザ会議(ハンザ同盟の終焉)
1669 都市疲労ろくに人来ずハンザ終了
*4都市(リューベック・ハンブルク・ブレーメンなど)しか参加せず
*ハンザはそれ自体が『団体』を表すので『ハンザ同盟』という言い方は、本当は重複表現です。もともと、ドイツ各地をまわる旅商人の利益を守る組合組織でした。
*ハンザの中核を占める北ドイツの諸都市は、神聖ローマ皇帝に直接臣属する『帝国都市』であり、皇帝の特許によって、交易の自由や自治権を認められていました。これらの都市が、その独立性を維持しながら、外地における互いの利益を守るために結成したのが都市ハンザです。皇帝の権力もそれほどではなく、領邦の力もいまだ育っていなかった中世の神聖ローマ帝国にあって、独自の軍事力を備え、一時は一つの国にも値するような地位を築いていました。
*ハンザの代表都市他、それ以外の中世都市の場所を覚えたい場合はこちらです。→『中世ヨーロッパ都市を覚える【早覚え完成】』
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