中国仏教年語呂【年号ゴロ合わせ】

*これは年語呂年註-世界史版のひとつです。このページでは、中国仏教の歴史の概略をゴロ合わせにそって見ていきたいと思います。

*音声で耳から覚えるためYouTubeに教材を上げています。こちらです。文字だけではリズムをつかみにくいフレーズもスムーズに覚えられます。ぜひ一度聞いてみることをお勧めします。


<中国仏教>

【仏図澄:ブッダチンガ】五胡十六国時代
・洛陽で仏教布教
310 仏教広めるシナの
・没年
343 南無の作用さ仏図澄

*クチャ(亀茲)出身。羯が建国した後趙に招かれ、洛陽で仏教を布教しました。
*いわゆる神通(超能力)を備えていたという伝説から『南無の作用さ』という語呂です。

【鳩摩羅什:クマーラジーヴァ】五胡十六国時代
・生没年
344〜413 経典みよーよ翻訳良いさ鳩摩羅什

*クチャ(亀茲)出身。羌人の建てた後秦の王に迎えられました。
*今日もよく読まれている『法華経』や『阿弥陀経』『維摩経』などの多数の経典を漢訳しました。

【菩提達磨:ボーディダルマ】南北朝時代
・仏教布教のため中国入り
520 仏教のコツを掴んで祖師西来

*南インドのパッラヴァ朝の第三王子だったと伝わっています。
*南朝の梁の武帝と問答し、縁がないと見なして、その後、北魏に移ったと言われています。禅宗の開祖とされ伝説に覆われた人です。『コツ』というのは座禅のコツです。

【法顕】東晋
・インド(グプタ朝)へ求法の旅
399〜413 ブッダサンキュー供養いさん法顕三蔵

*行きは陸路で帰りは海路です。『仏国記』
*グプタ朝全盛のチャンドラグプタ2世時代のインドに来訪。同地で仏教研究を行って帰朝しました。

【玄奘】唐代
・インド(ヴァルダナ朝)に到着
643 お供無用さ玄奘来朝

*インドまで陸路で往復しました。『大唐西域記』
*現在日本でもよく知られている『般若心経』は玄奘訳です。

【義浄】唐代
・インドへ求法の旅
671〜695 ない海路で向く来い義浄

*インドまで海路で往復しました。『南海寄帰内法伝』

【会昌の廃仏】唐代
845 はよこのライバル潰しておこうと会昌廃仏

*老子(李聃)が唐の王室と同姓であったため保護されていた道教の徒が、武宗に仏教弾圧を勧めました。
*この際、仏教に加え、ゾロアスター教(祆教)・マニ教(明教)・ネストリウス派キリスト教(景教)も弾圧されました。
*中国の大規模な仏教弾圧『三武一宗の廃仏』の一つです。三武一宗は、北魏の太武帝、北周の武帝、唐の武宗、後周の世宗。北魏の太武帝の廃仏は、寇謙之の道教を深く信じ、北魏の国教としたことから起きました。


(参考)玄奘・法顕・義浄の生没年です。

・生没年
602〜664
(中国の)群れに論・論旨を運ぶ玄奘三蔵

・生没年
337〜422
さーさー何しに仏国めぐった法顕三蔵

・生没年
635〜713
山登りさ来ないさ海なら義浄(来ちょう)

中国王朝年語呂(仮)【年号ゴロ合わせ】

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